● なぜ神経質症になったのでしょうか
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- 誰にでもある感覚を異常と感じていました。これを克服することに必死になってしまいました。
- 全ての人から認められなくてはいけないと思っていました。人からの評価ばかりを大事にしていました。
- 不安や恐怖がおこってはいけないと思い、気分の善し悪しばかりを気にしていました。
- 嫌われてはいけないという気持ちが強く、自分の考えや思いを言わなくなり、行動が消極的になっていきました。
- 小さい頃より純粋で潔癖なところがありました。純粋、潔癖でない人に対して不満をもっていました。
- 理想が高いため出来ないことをまわりの人のせいにしていました。
- 人を信じて生きたい、いい人になりたいと頑張ってきましたが、その理想は挫折体験をくり返し人間不信自信喪失へと歩んでしまいました。
- 全ての人に好かれたい、全ての人を好きになりたいと思っていました。(不可能に挑戦)
- 緊張感、恥ずかしい気持、嫌な感情などがあってはいけないと思っていました。
- 活発で明るい人にならなければいけないと思っていました。
- 親のように立派な人間にならなければいけないと思っていました。
- 善人にならなければいけないと思っていました。
<ポイント> 健康な人なら誰でもある、またなくてはらなない心理的,生理的現象を異常、もしくは
病気と思いみ、これを自分の人生の一大障害とみなしたことにより神経質症に発展していきます。
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----- 森田先生のことば --------------------------
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強迫観念は、実に人生の煩悶の模型的のものである。例えば「人前では恥ずかしい」
「難しい本を読めば、いやになる」とかいう当然の心の事実を、そうあってはならぬという「べし」
という事で、その心を否定し・圧制し・回避しようとする不可能の心の葛藤である。 (森田正馬全集 第5巻 P.361)
普通の人は、自分の人生の目的のために、なるたけ細かく苦労することを当然の事と承知の上でやります。
然るに神経質は自己中心的に、知恵の廻りの良すぎるために、自分勝手の都合のよい事を考え出すのであります。
即ち自分の人生を完全にしようとする大望を持ちながら、しかも、それを安楽に取越苦労なしにうまくやろうという
ずるい考えを起します。例えば苦労せずに金持ちになろうとするのと同様です。 (森田正馬全集 第4巻 P.588)
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