2004年2月
◆「皆さんのお話を聞いて、神経質は徹底的であるという事がわかる。元来、神経質は理屈かに出発して、 自分で当然こうあるべきものと決めれば、人情も没却して、押し通してしまい、随分無理なことをもするようになる。」 (森田正馬全集5巻p.82)
徹底的に何かしたことありますか?
・テストで何回も何回も確認したりしました。
・食事するのに気に入る店に入るためつぎつぎに探してなかなか店にはいれないことがあります。 こだわってしまってなかなか入れなかったりします。
・不安神経症になってから、出かけるときにありとあらゆるものを鞄にいれたりしてます。 (体温計、ミネラルウォーターなど・・)
・旅行の時にパンフレットなどでいろいろ事前に探したり調査して、実際の旅行の時はかえってつかれていたりします。
・毎日を大切にする貪欲さ、ありがたさがわかった人は治った人です。
・症状に対しては徹底的だったかも!?他の事に対してはいい加減で三日坊主かもしれません。心の世界ばかりのぞいていました。
・症状で苦しんだり、いろんなこと心配していたからあまり大きな失敗もしなかったのではないですか?対人恐怖の人 は自分が思っているほど対人関係悪くなっていなかたり、不安神経症の人が健康で長生きしたりしているのではないかと思います。
・雑音恐怖の人は自分から音を拾っているし、不安神経症の人は自分から身体に注意を向けています。
◆森田では今、現状をどうするかが大切です。
 過去を問わない今だけを一生懸命すればいいです。でも過去の自分を欺き通せないですし、過去をゆがめず、 過去の傷は傷としてそのままに見れるようになればいいです。
◆神経質者は自覚がないとダメと思っている人が多いのではないでしょうか?
 自分のことを忘れて無我夢中なるのはダメと思っている人もいるのではないでしょうか。 自分のことにはかまわずさらけ出していけばいいです。
森田正馬全集5巻 P.83より --------------------------------
佐藤君が私の著書を読んで、「あるがまま」という事にとらわれ、ますます苦悶を重ねたという事があるが、 それは自分で「あるがまま」という事を工夫し詮索したからである。
「あるがまま」といわれるままにハハアなるほどと受け取りさえすればよい。
隊長が「右向け右」といえば、自分はただ右向きさえすればよい。自分で改めて、その号令をかける工夫をしてはいけない。  加藤さん……「ハ」貴方は人から呼ばれる時、何といいますか……「ハ」といいます。
その前の「ハ」があるがままの応対であり、後の「ハ」が実際の返事でなく、仮構的のものであります。加藤さんと呼ばれて、 「私は即座に返事をすべきであります」といえば、それは気合いの入った返事とみなす事はできません。「私は今無言です」 といえば、それは無言ではありません。「この御恩は一生忘れません」とかいう人は、翌日ははや忘れている人であります。
事実と理屈とは、天と地とのように相違のあるものである。という事を心得なければなりません。
とじる