2003年7月
◆「たとえば赤面恐怖は負けず嫌いであり、勝ちたがりである。 単なる劣等感ならば、当然人に負けていても不満を起こさないはずである。 単なる劣等感ならば、当然人に負けていても不満を起こさないはずである。 しかもいかにしても、それで満足することのできないところにに優越感が なくてはならないのである。 死にたくないのは生きたいがためであり、恐怖は欲望のためである。 相対的関係であるから、一方からのみ論じてはいけない。 (森田正馬全集 第5巻p63)」
・自分も優越感があります。勝ちたがりだけれども気が弱いところもあります。前にでたいけれどもでれなくて神経質症になっ  たように思います。負けるのが嫌、出来なかったら嫌という思いが強いです。
・「勝ちの美学」のようなものが自分の中にあって、思い描いてるようにでき ないとダメと思ってしまうのかもしれません。
・現実を見るのがこわいです。優越感にひたりたいとか思ってしまいます・・。
・昔は自分の劣等感しか見えませんでしたが、今は優越感の強い自分も見えます。
優越感にひたりたいために生きているようなところもあります・・・。
・勝ちたいとか何かしたいという思いを抑えたまま、ひっこんだままの状態 を続けていても魂救えないののではないですか?
◆「崖の上で、落ちはしないかと思う恐怖は苦しいが、実際に落ちる時は、 ただハッと思うだけで少しも苦しくはない。つまり我々はなんでも覚悟する までが苦しいのである。」森田正馬全集 第5巻 p.64
・小さい頃から理想ばかりを追い求めていました。理想に近づいたら 楽になるのではないかと思っていました。現実の自分はこれだけのも のだというのを見るのがこわかったです。現実近づくと、自分をひき ずりおろされるような感覚を持っていました。現実を受け入れるのに 必死でした。
・落ちる覚悟ができていなかったのだと思います。
・自分が何をやりたいのか、どんな生き方をしたいのか。人から言われて 仕方なくするというのでもまぁそれはそれでいいですがなぜ自分から火中 の栗を拾いに行こうとしないのですか?そうそう人が背中を押してくれる ものではありません。人が押しても最後まで抵抗する人はダメです。
神経症が軽くなるだけじゃ面白くないです。自分を解放して自分の手で 幸せつかんでいくものだと思います。苦しくても自ら進んでいくものです。 目の前の事実をつかめるかつかめないかにかかっていると思います。
◆結婚に関する話し
・50年ほど前は22〜23ぐらいで結婚するのが当たり前でした。
私は26で結婚しました。身体が弱かったので見合い話はなかなかまと まりませんでした。私が結婚しないと弟が結婚できなくなるのではと 父はあせっていました。父に言われるままに見合いをして結婚しました。 結婚後も主人がどこの学校出身なのかもしりません・・。
結婚当初はいろいろありました。主人はすぐに腹をたてて物にあたたった りするタイプだったので、後始末をするのはいつも私でした。 腹を立てさせたら自分がしんどい思いをするだけなのでいつも私が 折れてあやまるようにしていました。
義理の姉からも店や主人のことその他いろいろなこと一人でよくやって いたと言われるほど一生懸命やっていましたが、ストレスになっていた 部分もあるようです。
自分の考えや思いを言わなくても相手はわかって くれると思っていましたが、森田を知ってからは「私メッセージ」を主人に も伝えるようにしました。
・昔は見合いで親がいいと言えばそれで結婚は決まりでした。 どんな人でも毎日顔をあわせていたらいいところも見えるものです。 凶暴な性格じゃなかったらいいんじゃないでしょうか?
いっしょにいたら愛情もわいてくるものです。結婚は辛抱のしあいです。 それでもちゃんとやっていけます。
・「夫には従順であれ」というかくあるべしでずっとやっていました。 本心をずっと隠して夫に服従していました。商売が嫌だったので、 お茶やお花をしてバランスをとっていたのかもしれません。 森田を知ってこれではいけないと思いました。自分は「こう生きたい」 と言うようになりました。毎日の生活での雑事が大切なこともわかりました。
・主人がいなくなり、今は旅行に、メールに、デジカメに・・いろいろな ことを楽しんでいます。主人がいるときはいろいろありましたが、 亡くなったときには泣きました。まわりからは主人がいなくなって 気楽になったように見えるみたいですが相づちを打ってくれる人が そばにいないのはとてもさみしいものです。
・人生は上がりの坂も下りの坂もまさかの坂もあります。ほれたはれた だけではやっていけないものです。
・自分がいつも主人に対して折れてばかりいたから神経症になったの かもしれません。でもどちらかがへこまなければやっていけませんでした。 ・おたがいにごめんなさいと言いあえたら幸せです。
・私は右か左かはっきりしたいというタイプでしたが、本音と建て前混ぜ 合わせるのが人生だと思います。
とじる