◆自分をコントロールできません、意志が弱いからでしょうか?
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昔は型にはめて自分の理想の状態になんとか感情をコントロールしようとしていましたが、
コントロールできないことが当たりまえだとわかり悩むことがなくなりました。
嫌な感情や不安に襲われたり、困難な状況に陥った時、以前はすぐに結果を出そうとあせっていました。
すぐに解決できなくてもいいということがわかり、待てるようになってきました。(強さにつながります)
置かれた状況の中で、できることに手をつければいいということがわかってきました。
感情はコントロールできません。症状に陥ってる時は気分が悪いと何もしないというような
状態になりがちです。行動はコントロールできます。(気分は悪くても行動はできます)
昔は切羽詰まってもなかなか手がだせませんでしたが最近はなんにでも気付いたことは小さなことでも
すぐ手を出すようになってきました。(これが仕事でこれが雑用だというふにわけて考えなくなりました)
昔、会社でコピーとりの仕事をよく頼まれました。こんな仕事しか任せてもらえないのかとバカにしていました。
コピーをとることが仕事だと思っていました。あるとき「上司は 自分に役立つことを言ってくれてるのではないだろうか?」
と視点を変えてみました。それまでコピーをとればそれでいいと思っていましたがコピーする
資料の内容に目を通すようになりました。
会社や仕事の内容が理解できるようになり、今度は頼まれても「まかしとけ」
という感じになり仕事に自信がでてきました。(そのうち上司も「これ以上あいつに資料を見られたくない」という風に
なってコピーを頼まれることがなくなってしまいました・・・)
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◆森田正馬全集5巻P29より
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「 私は神経衰弱のためにはあらゆる薬も療法もやり尽くし、ここへくる前には、
神戸のサナトリウムに一年余りも入院していた事があった。最後にここへくる時にも、
また山師にかかるのではないかと疑ったけれども、先生が患者を叱る事とお世辞をいわない事とで、
山師でないということがわかった。入院わずかに二十日間で全治退院したが、ここで入院中に、
生まれて初めてというほどの大きな喜びを得ました。
ここに私の沢山の歌を書き付けたものがあるが、
この入院を一時期として、その前後の歌の感想が全く変化していることがわかる。その後すっかりよくなって、
日頃引っ込み思案の神経質が、今ではなかなか図々しくなっています。今夜もこれから長唄の会で、
うなることになっています。ここに切符がありますから、皆さんどうか一つ私のこの図々しさを見ておいて下さい。」
なぜこの人は図々しくなったのでしょうか?(ここに書いてある図々しさは一般的に悪い意味で使う図々しさとは違います)
自信がついたり、度胸がついたからではないでしょうか・・
自分を活かすことができるようになってきたのでは。
まわりのことが見渡せるようになり、視野が広がったからだと思います。
病気(神経質症)の正体がわかったからだと思います。森田先生の仕草をみたり、話を聞いたりしてるうちに自分の間違いがわかり事実が正しいということがわかったからだと思います。正しいと思うことはまわりの人にもわかってもらいたいですし「これはいいものなのだ」ということもまわりの人に言えます。自分がわかったこと(事実)だと「いっしょにやろう」というふうにまわりの人を巻き込めます。事実ですから反論されてもこわくありません。事実の裏付けがないと引っ込み思案になります。事実でないことに振り回されるから苦しみます。
例えば「自分のある部分が足りないから失敗した」というのが事実であれば、足りない部分を嘆き悲しんでも仕方ないことです。失敗した状況の中から、次の状況につながるような行動をおこすとか、自分の足りない部分を補う努力をするというようなことをすればいいのではないですか。
最近集談会などで幹事の人が他の世話役に責任を持って役割をお願いできないのは、その役割をすることが本当に相手のためになるという事実がわかっていないからではないでしょうか?わかっていればお願いしてやってもらえるはずです。
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◆ 完全欲が強いため苦しいがどうすればよいでしょうか?
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解けない問題をどうすればよいかと考え込むのは疲れるだけでしんどいです。
(視野が狭くなっています。解こうとすることは罠にはまるようなものです。)
苦しみは止めることができません。苦しみながら何か行動したほうがよいのではないですか?
例えば上司との対人関係が悪いからと悶々と悩んでいる(悶々としていても解決しません)時間
があるのならば仕事をきちんとすることに時間を使った方がよいと思います。
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◆ 修養とは?
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修養という特別なものがあるのではないと思います。
事実に従った具体的な動きのことではないですか。朝起きたら着替えて、
顔を洗って・・メガネが汚れていたらメガネをふいて・・・。生活そのものが修養なのではないでしょうか。
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